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藍 X cotton

海と人間

子供の頃の記憶で一番に思い出すのは海で遊んだ記憶だ。

夏休みになると子供たちは皆真っ黒だった。小さい町はどの家からも大抵歩いて行ける距離に海水浴場があり、男子も女子も一緒になって毎日のように日が暮れるまで遊んだ。

お気に入りは空きカンに砂を詰め沖に放り投げ一斉に潜り競って取り合う遊びだった。男子にも負けず私はよく一番になった。何度もなんども同じことを飽きもせず繰り返す。ときどき缶を取り損ねて浮かび上がる途中、海底と水面の中間あたりで友達の歓声が聞こえなくなることがあった。どこからか「ジー」というかすかな音が聞こえるだけ。浮くでもなく沈むでもない「中間浮力」を保ちながら膝を抱え丸くなり揺れる波に身をまかせて私は海と一つになる。…… 急に友達の呼ぶ声が聞こえる。そろそろ暗くなり帰る時間だ。行きとは逆に帰りの足は鉛のように重かった。

中学生になり新しい友達に連れられて行った田井の浜は、砂が無くまあるい漬物石がゴロゴロしている海だった。少し先に飛び込むのにちょうどいい岩場があり男子に混ざって何度も飛び込んで遊んだ。ちょっと怖いけれど、覚悟を決めて飛び込むのは快感だった。友達もうんざりするくらい毎日のようにその海に通った。写生の授業では必ず海に行きイカ釣り漁船を探す。錆が流れ漁船の白いペンキを汚しているそんな使い込んだ船をわざわざ選んで描いた。そして少しずつ大人になり子供の頃のようには海で遊ばなくなったけれど、高校も終わりに近づいたころ別れを惜しむように友人と海に向った。突堤の先に腰掛け何を話すでもなく寄せては返す波をただ眺めていた。

多感な時期いつもそこには海があった。楽しさや冒険と勇気、美しさと厳しさ、時には一人で考えるということまでも教えてくれた。それはこの地に暮らす多くの人々の共通の価値観でもあることは人々と触れ合う中で常に感じてきた。「自慢できるコト・モノ」それは今までもこれからも変わらない、この海とここに暮らす人々との特別な関係と「人間のことなど知ったものか」とでも言うかのように白い波しぶきをあげている、ただここにある海だ。