畑 ニホンムラサキ (紫根 シコン)を植えてみた

ナンバンカラムシの横少し離してニホンムラサキを植える。

日本紫、なかなかネットでも見つからなかったのだけれど Plant-Plants さんで苗を見つけ購入し植えてみた。良心的な価格で、育て方注意点なども詳しく教えていただいた。茜のようにちっちゃくて細いものを想像していたのでそのしっかりとした葉物野菜のような苗にちょっとおどろいた。5月30日に植えて6月16日の苗の様子。

畑は数年放置していたためガチガチに固まっていて、スコップで掘り起こして(和尚が)、その後耕運機を試みるも動かず、慣れない鍬でほぐした程度なのでやや固いところがあるものの、根付いた様子。6株で根を使ったらどうするのって数だけど、株分けで増やせるとのことなので根気よく待つとしよう。「染織植物園」というにはまだ程遠いけれど、いつか。。。

 

畑 苧麻の移植

5月24日にナンバンカラムシを移植。

毎年採取してきた道端のナンバンカラムシはここ数年生育状態が悪い。多分私が刈り取った後また行政によって刈り取られ、葉を茂らせる間がないためだろう。そんなことでここ数年は刈り取りを行ってない。何度か根を採取して植えていたが、ここでは鹿が食べつくしてしまって全く残っていない。そこで柵を作ってここで育てることにしたのだ。ところがこの根がなかなか頑固で採取できるって状態じゃない。コンクリートの下に食らいついていて簡単に採取できない。なんとか何本か細っこいものを採取して植えてみた。

ようやく梅雨入りして、植えてから半月ほどしてようやく芽を出し始めた。  3年ほどは刈り取らず様子を見る。その間もせっせと根を採取して移植しましょう。環境は申し分ないはず。

畑の柵完成と鹿の食害について

8日に東面10枚を設置して、杭と柵を仕入れてもらう。杭は廃品の鉄柱を切ったもの。

ありがと。丈夫だわ。。。でも、おもいわ。。。太いから打ち込むのに3倍時間がかかったわ。それで昨日は5枚ほど設置して終わり。今日はコツがつかめて全て設置完了。扉もうまいことできた。今日は1日曇空で風も心地よく仕事もはかどった。何時もなら7時でもまだ明るいのにさすがに今日は6時でも暗くて写真は一枚だけ。明日は道端で採ってきた野カラムシの根を植えてみよう。今まで植えたものはすっかり鹿に食べられてしまい跡形もない。どうやら好物らしい。梅雨に入るまでにもっと根を集めよう。

鹿の食害でさいきん気が付いたことがある。

参道の坂にびっしり生えているオウレンの種がすっかりなくなっているのだ。花の後すくっと伸びた放射状の袋の中には種がたくさん入っていて、成熟して黄金色になり飛び出して増えていく。オウレンは薬草で多分根も茎も葉も苦いものだろうから(想像)食べはしないだろうと安心していたが、山茶花の木の陰に少し残っていただけで他はすっかり見当たらない。長く伸びた茎もない。そういえば数年前までは苔が見えないくらいに生えていたはず。このままではいつか絶えてしまうのではと不安になる。とは言えお寺の境内が柵だらけというのも見栄えが悪いので、景観を損なわない程度の対策をそろそろ考えねばならないかな。

もう5月に

 

新緑が眩しい。山の藤の花が木々に覆いかぶさるように咲き乱れている。とてもワイルド。

裏山の畑の柵を立て直すことにした。ここ2〜3年放置したままの柵は土に埋もれ草の下敷きになっていた。鉄の格子の柵は鹿が飛び越えられないように縦に置く。東側に10枚、あと26枚。

鹿の餌場になっていた畑の隅に菖蒲だけが残っていた。いい香りがするけれど、鹿はこの香りが苦手らしい。少しだけかじった葉の合間に菖蒲の花をみつけた。ハナショウブとは全く違う地味な花だ。

 

 

リヨンと養蚕秘録

 

昨夜はほっこりしながら、以前NHKで見たリヨンの光の祭典 (Fête des Lumières) の動画を探し当て見ていた。 

光の祭典
毎年12月8日から11日にかけて「光の祭典」 (Fête des Lumières) が行われる。これは、ペストがアルプス以北の欧州で1348年から1353年に流行した際、リヨンのひとびとがフルヴィエールの丘にあるノートルダム聖堂のマリア像に祈りを捧げたところ、流行が治まったことに由来するという。この日の夜はリヨン市内の家々の窓際(感謝の捧げ物としてのロウソクなので、本来はフルヴィエールの丘に面した窓のみ。現在はそれにこだわらない)はろうそくの灯りで彩られ、建物や道路はイルミネーションで飾られる(時間を決めて、各家庭と街の不急の照明を消灯する。ライトアップされたノートルダム聖堂と、窓々のロウソクの明かりが幻想的である)
引用:ウィキペディアの執筆者,2018,「リヨン」『ウィキペディア日本語版』,(2018年6月2日取得,https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%AA%E3%83%A8%E3%83%B3&oldid=68767182

——以下はリヨンと養蚕秘録——

フランス第二の都市であるリヨンは、絹と織物の街として栄えてきた町なのだが、1855年にヨーロッパ全土に広がった蚕の病気がリヨンの絹織物産業に大打撃を与えた際、その助けになったのがシーボルトが持ち帰った上垣守国(注)による『養蚕秘録』であったことなどを知った。その後富岡製糸場などが建設される。養蚕秘録は但馬の絹の品質があまりよくなかったので品質向上のためにまとめられた本だが、この本の優れた点は、字を読めない農家の女性や子供にもわかりやすいように挿絵を多く用いていたことだ。

上垣守國の『養蠶秘録』がヨーロッパの絹糸産業を救った話ー奥正敬
https://www.kufs.ac.jp/toshokan/bibl/bibl212/pdf/212-27.pdf
https://www.kufs.ac.jp/toshokan/bibl/bibl212/pdf/212-28.pdf
https://www.kufs.ac.jp/toshokan/bibl/bibl212/pdf/212-29.pdf

(注)江戸時代中期-後期の養蚕家。
上垣守国(1753-1808)宝暦3年生まれ。但馬の国(兵庫県)養父郡(やぶぐん)蔵垣村(兵庫県大屋町)の庄屋。文化5年8月15日死去。56歳。通称は伊兵衛。号は仙栄堂。生年は宝暦1年説もある。蚕種の産地であった陸奥の国(青森、秋田、岩手、宮城、福島各県)を頻繁に訪れて蚕の飼育を学んだ。その成果を纏めたのが『養蠶祕録』である
(京都外大附属図書館 http://www.kufs.ac.jp/toshokan/gallery/france19.htm

国立国会図書館デジタルコレクション『養蚕秘録』はこちら
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2556952?tocOpened

 

関連記事 2013年8月13日 北但馬のモノつくり

 

カラムシの採取

ただ純粋に大麻の繊維を糸にして使いたいだけなのだ。けれども昨今の 大麻『アサ』復興 についての動きがなんだか嫌な感じがしてしょうがない。

8月終わりころ大麻栽培についての記事を書くも、何日も投稿しようかどうか迷って、最終的になんだか気持ちが悪くなり捨ててしまっていた記事を、バックアップから探し出しアップすることにした。この時はまさかこんなことになるとは思っていなかったけれど、その時の嫌な気持ちが的中してしまったような気分だ。上野さんの逮捕を受けて、既存の大麻栽培免許を持っている人の取り調べが厳しくなり、ますます大麻の栽培が難しくなるのではないだろうか、新規の免許なんてもうあり得ないかもしれない。

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まずは江戸時代から続く麻農家の8代 目 大森 由久さんの熱い思いの記事を読む。鹿沼市の広報PDF 特集『野州麻を守る』より麻復興への熱い思いをひしひしと感じる。ただ、代々受け継いだ手仕事、地場産業を守りたいという一心なのだ。大森氏が代表を務める 日本麻振興会 http://shinmahounou.com のHPを開いで驚いた。どこかの宗教団体のHPかと思った。何かちょっと違うんじゃないかな。。

栃木県では昭和40年台に大麻畑で盗難が相次ぎ研究を重ねて『とちぎしろ』という無毒麻の開発に成功し存続の危機を脱したそうである。後継者問題、いやそれより、産業用として価値がなくなったことのほうが衰退の原因ではないだろうか。どこかで読んだけど、『とちぎしろ』は県外の持ち出しが禁止されているけれど、復興のためならそれを解除してもいいということが書かれていた。国内の法律においても、麻織物、神事用民芸品、衣類、雑貨、紙、食品、などなど、合法として位置付けられているにもかかわらず、なかなか許可が下りないのはなぜか、誰が何が止めているのかしら。。気になって調べてみたところある記事の中に問題を見つけた。一部抜粋する。どうやら以下の理由らしい。

大麻取扱者免許は、都道府県の行政手続条例で免許申請の審査基準や書類の様式が定められている。県の薬務課に訪問してそれらの書類一式をもらう必要があるが、たいていの場合は門前払いを受ける。なぜならば、大麻を薬物として規制しているところが厚生労働省管轄であり、農業を推進する農林水産省管轄でないことがネックとなっている。しかし、法律の細則を定めた「大麻取締規則」では、厚生・農林省令第1号であり、本来は共同管轄であったにもかかわらず、それが機能していないのである。 北海道ヘンプネット>栽培免許について より

「とちぎしろ」という無毒麻の開発に成功した栃木でも未だに大麻取締法の規制で免許性となっており、作付面積の拡大や新規参入が困難で減り続けているという。

栽培許可について「その栽培目的が伝統文化の継承や一般に使用されている生活必需品として生活に密着した必要不可欠な場合」に限る(神事など)としており、事実上ほとんど認めない方針

これがビクともしなかったけれど一箇所だけは60年ぶりに許可が出された。妙な感じた。以下に引用した記事を読んだ。妙な感じの原因はこれかもしれないと感じた。

【不可能を可能にする日本のスピリチュアリズム】(戦後憲法の全面的な改正ということは、国家の神聖な実在性が基本的に拒絶されている現在、実質的には不可能と見たほうがよいだろう)だが、それを可能にする方法が存在する可能性がある。それは、現在ものすごく流行っている日本のスピリチュアリズムを利用し、国家の超越的な神聖性をまったく異なった角度から正当化する方法である。  ~現代日本人を虜にする国家神道的メンタリティ より

 

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