6月に考えた事

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表から見える部分は草取りをした。

が、奥の橋の向こうは実はまだ茫茫なのだ。

川の中も草を刈って川底が見えるようになった。

が、やはり奥の橋までの事。

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茶室の風炉をかわとの水受けにした。

野菜を洗うのに都合が良くなった。

 

 

犬の花のこと

3日に犬の花は立てなくなり一週間立てないいらだちの遠吠えが山にこだましていた。13歳だったらしいから、もう寿命なのだ。動く後ろ足をばたつかせて寝たままぐるぐる回るので床ずれがひどくなり、そのうち蠅が卵を産みにくる。せめてウジの発生だけはおさえたい。うがい薬のイソジンを原液のまま付けて見る。やけどのガーゼ交換の消毒の器にイソジンと書いてあったのを思い出したからだ。効能はタンパク質の生成をおさえると有る。効いているようだ。9日にはいよいよ大きく鳴く事も出来なくなったようで苦しそうな呼吸だけになる。ふと、花の側に行って体中なでてやりながら話しかけた。「はな、もうがんばらなくてもいいよ。よくいっしょに遊んだね、また遊ぼうね。」すると、すっと呼吸がすこし静かになって、初めて聞くためいきの様な声を2度漏らした。と同時に一緒に何か出て行った気配を強く感じた。同時におなかの呼吸も止まり、そのあと小刻みに4度ほど震えて静かになった。

一人でどうしようもないのでしばらくぼーっとしながら、さっき見た物の事を考えた。物体も無いのに「出て行くのを見た」というのも変だが、見たと言う方がふさわしい感じだった。それがそのあとどうしたかなんて、、、いつの間に消えたんだろう。亡くなったと言うより、どこか他所に行ったと言う感じだったからか、自分でも不思議なほど悲しみの感情はわいて来なかった。

リサ・ランドール教授のワープする宇宙。5次元の時空の事を思い出していた。

そんなこんなで何となくぼーっとした日々を過ごしていた。18日、たまたまネットで知人の死を知る。もう5ヶ月も前の事だった。たまたま祥月命日のお逮夜の日だった。まだまだ逝くには早すぎる。わさわさとやるせない思いのままiPhoneに知人の音を入れて箒を持って和尚さんたちのお墓に行き、音を聞きながら掃除を始めた。そしてやっぱり5次元の時空の事を魂の行き先とその有り様を考えていた。

*シェパードの花と私は、雷の空中放電を一緒に受けた中だから余計に強く感じたのかもしれない。