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月別: 2008年8月

いのしし

久しぶりに、庭中ぐるりといのししの気配。
そういえば、夜中やたらと騒がしかった。猫が騒いでいるだけだと思っていた。
気配。。。。。ふっかふかの苔が、ぺらぺら、ぐるぐるとめくられ丸められている。ミミズはたくさん居たのだろうか。おいしいお米はなかなか食べさせてはもらえないけど、せめて近くにと、民家のそばまでやってくるのだろうか。うまく行けばどこかの田んぼにもぐり込めるかもしれないし。とか、考えているのだろうか。

などと考えながら、土が乾かぬうちにせっせと苔をはぎ合わせた。

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秋の気配

「涼しくなりましたね」と挨拶の言葉もかわった。お盆が終わったとたん急に秋の気配がしている。お隣さんの道沿いの苔は草一つなくてきれいなのだけど「今年の苔はおかしいですよね」と立ち話。うちの庭も所々円形に茶色く枯れている。「苔栽培しなくっちゃね。」「前に苔玉作ってましたよね。」ああ、、そういえばそんなことも久しくしていないわ。苔玉作れるほど良い苔も少なくなったけど、またちょっと作ってみようかなぁ。今日、明日は地蔵盆なので、午前中にお地蔵さんの掃除と花入れをすませる。雲さんは浜坂の慰霊祭に出かけた。

苧麻糸に撚りをかける。糸がぱらぱら落ちてきてなかなかやりにくいもの。どれぐらい撚りをかけるのか、どれもこれも一度やってみないとわからないことばかり。何もかもが手探り。いくらかたまったら、緯絣の用にくくって染める。合間合間に綿の糸も紡いでいる。すっかり間が開いてしまい、太さと撚りの感じがなかなか思い出せなくて困ったけれどようやく思い出した。

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おじいさんに会った日

お施餓鬼も終わった。今年のお盆の準備がひときわ忙しかったのは玄関の間に織り機一式を持ち込んでいたせいだ。家の半分を行事用にすっかり片付けるのは毎度のことだが今年はモノが増えてしかも見えないところに片付けられない大きなものばかりで苦労した。

13日忙しさと暑さでぼーっとしながら灯籠の竹を持って坂をおりる。14日は実家の父の誕生日。お盆は忙しくて、おめでとうもプレゼントも此処にきてからはほとんどなかった気がするけど、最近ちょっとギグシャグしていてすっきりしない。ちょうどいい作務衣を見つけたけど、どうしよう、、なんかわざとらしいかな。。。などと考えながらぼーっと歩いていた。

坂を降りたあたりで何かを踏んだ。「ギュッ」っと言う音と一緒に「パッシッ!」と足下を打たれた。まだ、ぼーっとしながら一歩二歩踏み出しながら「ギュッ、っとパシッって何だろう?そんなのは蛇しかないよね。。」きっと銀杏の枯れ木でも踏んだんだろうとのんきに考えながら振り向くと、80cmほども有りそうなアオダイショウ?が道の真ん中を遮って今まさに逃げようとしていた。「ごめんごめん痛かっただろうに。。」と蛇に向かって謝ったんだけどもう姿は無かった。おかしいなぁ。いつもなら足ががたがた震えるのになぜだか震えもこない。「おじいさん。。」きっとそうだ。

おじいさんは巳年だった。私はおじいさん子でいつも畳を作るおじいさんのそばで遊んでいた。おじいさんが亡くなって何年になるかな。。中学高校を出て町を出て、不思議と人生の節目節目に蛇に出会うことがあった。きっと、おじいさんが会いにきてくれたのだと思うようになっていた。それでも触るなんて論外で見ただけで少し足がすくむ生き物には変わりなかったけれど。そんな蛇を生まれて初めて思いっきりフンズケて、生まれて初めてパシッと打たれた。

「早う行け」っておじいさんからのメッセージだったのかもしれないと、自分で育てた野菜をいっぱい袋につめて、おめでとうの言葉を待っていてくれた父に会って思った。

盆舟流しをしなくなって5年になる


2003年に盆舟流しを取りやめて5年になる。こぎれいに整備された小川での小さな灯籠の精霊流しは随分定着してきているみたいだけど、なんだか借り物のような気がして見に行く気がしない。またいつか復活することを願って、此処にも書いておこう。

西方丸 ~南無阿弥陀仏~
私のうまれた街,浜坂には送り火の代わりに「盆舟流し」の行事が毎年盛大に行なわれていた.この街のまつりごとは、海沿いの漁師町らしく川下祭り,盆船流し等、海と船にまつわる行事が行なわれる.都会で暮らすようになっても,この盆舟流しを見るために必ず帰って来ていた.初盆の有る町内ごとに小さな船を造りちょうちんを飾り「船が出るぞ~」の合図とともに町内を練り歩き海の河口に一斉に船が集まる.

浜には火が焚かれ各宗派の僧侶による読経が響き人々は手を合わせる.河口には人々が溢れんばかりに突堤の先に集まり、自分の町内の船を探す.私は,「西方丸 上六軒」と書かれた船を探す.初盆が有り船を造る年、白い船の帆にこの字を書くのがいつも父の仕事だった.そして、それぞれの町内の勇敢な姿の青年が河口から海に入り、日本海の荒波に立ち向かい、大海原へ船を導く.波打ち際には火が焚かれ,闇夜の海から戻った男達のからだをあたためる.

突堤の人だかりでは,あの船が一番だとか,海に入った勇敢な男衆は誰だとか,口々に,嬉しそうな声が飛び交う.そして皆.どうか沈まないで沖まで行けますようにと願う.私はいつもそこから抜け出し一人で波打ち際へ行き静かに手を合わせ、今年亡くなった人や,おじいさん,おばあさんのことを思った.

何百年続いたであろう、この行事が今年から無くなった.何年か前からいやに明るいうちから船が出るようになったなと思ったら,海に流す事無く浜で焼かれ、しまいには船を造る事さへ、やめてしまった.年に一度の大切な文化を、環境問題?、一体なぜなぜ?、連綿と続いた歴史を、あっさりと捨て去ってしまったのは.、、

広い砂浜を横切るゴミの様な板の道.と箱の家.そんなものより価値のないものなのか...のっぺらぼうのきれいな街に,何処に行っても同じテーマパーク.そんなものに魂は揺さぶられやしない.

(画像はDAIさんより、Mさん撮影の物を御借りしました)

茶箱

古くて新しいモノ。湿気と防虫に強い。食品から衣類から精密機器から何でもこなす優れもの。箪笥の様でもあるしテーブルにもいすにもなる強度を持つ。そして、こんなに多機能なのに手頃なお値段なのがうれしい。僧堂の先輩は使用済みの奉書紙(漢詩とか戒名を書いたもの)を貼って柿渋を塗っていたとのこと。

私は織り道具の台にして、糸をいれておこうと思ったのですが、今はお米が入っております。お茶どころ静岡掛川の鈴木製函所様で、いろいろな種類を見れます。

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