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月別: 2007年1月

先生たちの染色教室

 

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新温泉町の中学校で、隣接する2つの郡の先生たちに、植物染めを指導してきました。すっごい短時間でしたが、小さいシルクのストールをぼかしにして見ました。出来上がりの画像取れなかった。。残念。左の黄色のが桑、右が山桜。両方とも、木工のときに出る鉋屑を煮だして染料を作りました。媒染は桜が灰汁で、桑が明礬。一部鉄媒染で、グラデーションを作った人も居ます。

かき餅を切る

17日に始めて、ぼちぼち19日までかかって搗いたお餅をやっと切り始めた。作業場の片づけを挟んだため、ちょっと時間をおきすぎたので固い。ただいやに暖かいのは、刻んで干した後カビが来るのが心配なので固めの方が少しは安心。少し気温も下がって来たもよう。(それにしても、今日も雨、本来なら雪のはずなのだが。。)

相変わらず色々なかき餅が出来ている。毎年気まぐれに作るものだから。今年はお抹茶を多く作った。お茶には抗菌作用が有るから、カビを押さえてくれるんじゃないかと思ってのこと。全体にアースカラーだな。赤っぽいのは「黒米」きれいなみどりはお抹茶でその前のは写りが悪いが深緑の蓬だ。黄色はクチナシ。菜切り包丁を両手で持ち大まかに切った後、「餅きり機」で薄く一枚ずつに切る。

移動中メモ|木の様に生きる


モノやコトに囚われる時ドンドン深みに落ちる。それからずいぶん経って、なんでも無い時にふと、モウダイジョウブと感じる事が有る。「気持ちが逸れた?」ゆっくり走る峠の道、視野の端をかすめる木々。何本もの枝を持つと、一本が折れたって、枯れたってたいした事じゃないんだ。岩が有って、まっすぐのびる事が出来なければ曲がる。時には異物でさえ、存在を受け入れて飲み込んでしまう。

「そうだ。木の様に生きれば良いのだ。」

ふと、杉の事を考える。(植林された杉がとても多くて、いちいち目に入る)
枝を打って幹が上方に真っ直ぐ伸びる杉の木は根元が危うい。歪みながら四方八方に枝を伸ばし成長する樹はしっかり根を張る。ところで、屋久杉も杉。北山杉も杉なぜあんなにも姿が違うのだろうなぁ。。。縄文杉って何千年も生きているんだよなぁ。。。でも、植林した杉の斜面は地盤が緩い。

杉の木の、表皮をめくった外側は白くて中は赤い。建築資材では、色の差が大きいものはお安いそうだ。このコントラストが美しいのに。。人の手にかからない天然物はとくに色の差が大きいと聞いたことがある。。。。

とまあ、こんな風に車中の「一人連想ゲーム」は続くのだ。

(1/24追記)

榎並和春 絵画展 ーかぜのおとづれー


1月31日から2月6日まで大阪梅田の阪急百貨店9階美術画廊で開催される。榎並和春 絵画展 ーかぜのおとづれー(春さん、ポスターありがとうございました)去年の神戸には行けなかったので、本当にうれしい。拾って来た木っ端と石と海綿と一緒に記念撮影をした。

すり鉢のような石ころの海にしゃがみ込んで、石や木やゴミや、そんななんでもないようなものを拾って、まじまじと眺める。なでる。そこに見えてくる色や形はとても美しい。だけど私はまだそれを形には出来ない。見知らぬ土地に暮す春さんは、どんなものを見て、どんな風に感じたのだろうか。2月になったら木っ端を持って会いに行こう。
画家 榎並和春 HP http://www2.journey-k.com/~enami/

2007 個展に寄せて
「かぜのおとづれ3」おおさか     榎並和春

 「風の音」と書いて、「おと」とよむのか「ね」とよむのか、時と場合、雰囲気によって日本語は読み方が変わる。あやふやであるけれど、その方が言葉として生きている気がする。

世の中には確かなものの方が少ない。例えば「風」には姿がない。われわれは飛んで行く雲を見たり、木々の梢の音を聞いて、なんとなく「あぁ風が吹いているんだなぁ」と思う。遠い昔、風は鳥が運んだと考えたそうだ大いなる者からのおつげは風に乗って、ホトホトとカタコトと「音連れ」てやってきたそうだ。なるほど「おとづれる」とはそういった意味を含んでいたのか。

 自分というものも、実にあやふやでこころもとない。絵とか音楽とか文学というものは、この風のホトホト、カタコトに似ている。直接見えない自分というものを「おとづれた」かたちで見せたり聴かせたりしてくれる。

 さて、こんな「かぜのおとづれ」たちを色やかたちに置き換えました楽しんでもらえたら嬉しく思います。

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