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月別: 2006年8月

くずなし

20世紀梨の季節です。選別の時はねられる見かけの悪い梨をクズ梨と言います。
見かけは歪んだり傷が有ったりしますが、味はおいしい。
この時期あちこちから、ごそっと頂いたりします。

Alberto Giacometti (1901 – 1966)と矢内原伊作


神戸に、いつ行こうか。。。割引引換券も持って行こ。

○講演会 
9月10日(日)「矢内原伊作とジャコメッティ」
講師:武田昭彦(美術批評・ジャコメッティ研究)

9月17日(日)「ジャコメッティと二十世紀の彫刻」
講師:中原佑介(兵庫県立美術館館長)

いずれも14:00~
当館ミュージアムホールにて 聴講無料

新聞配達の少年


朝6時前、まだ新聞は入っていない。町から離れた村の新聞は少しばかり遅いのだ。

芝犬の入ったちょっとハスキー顔の黒い小型犬(ややこし)のくまと早朝の散歩に出始めて2日目。西方向へ海を目指して散歩をする。延々吠えまくる、くまのために。

くまは4日前脱走してまた隣村の「そら」に会いにいっていたのだが、そらはあいにく留守で、仕方なく村の奥の神社の方まで遠征してたらしい。ところが小さな社の参道はちょうど前の日コンクリートを入れたばかりで乾く前のちょうどいい時間に、くまは目一杯足跡をつけて来たらしい。そらが、車で帰って来たら何食わぬ顔で綱を引きずりながら坂を降りて来た。

そんなわけで毎朝、そらの居る方へ散歩に出かけてあげる事にした。昨日は海まで行って帰るともう7時前。一時間もつきあっていた訳だ。今日は少し早めに帰る。門の前で新聞を配る少年に出会った。一番奥のうちを配り終えて帰るところだった。少年はくまを見つけると自転車を止めくまに手を差し伸べた。くまは今まで見せた事も無いような仕草で、じょうずに「ちんちん」をして少年の手をなめる。「くま上手にしてるなぁ」と私が言うと「僕、毎日くまとこうしてるんだ」少年はそんな風にいってばいばいと帰っていった。

散歩の時間ちょっと変えよう。

生きていくために


お盆前に山の中から取って来たと云う繭をもらう。まだ中でさなぎが動いていたのでコーヒーの木(たまたま有った)にくくり付けておき孵らないかと待っているがどうも出てこない様子。もう待ってもだめなのかなぁ。

地蔵盆が24日に終わって、8月1日から始まったお盆がやっと済み、私の夏休みが始まったけど、8月の半ばに体調を崩した老師が入院して半月たつ。2つの寺を面倒見ているためどうにも手がかけられない。やむなく取り急ぎ近くの病院に入院となったが、持病の前立腺肥大を見れる泌尿器科が無い病院でできれば代わった方が良いと熱心に説得したが聞き入れてはくれない。誰に相談しても、実の娘が側にいるのだからそれ以上私の出番は無いのだと言い聞かされる。高齢でもあるし再検査や遠くの病院へ行く事への、気持ちの負担の方が大きいということだってあると。そうはいっても、熱の原因が未だに分からないと云う事が納得できないので、担当医に今までの経過と今後の方針を説明してくれと頼み兄妹に聞きに行かせた。(わたし?私はお呼びでないようだったので遠慮した。)どうだったのかときくと、「その時期が来たら泌尿器科の有る病院へ紹介します。」その時期っていったいどんな時期だろう。。母の目の時、足の手術、私のやけど。医師を信じて、3度も痛い目をしている病院がどうしても信用できないでいる。

看護婦の友人に相談すると、こんな返事が返って来た。
H病院から鳥取のC病院へは今までもよく送られて来ているが、今C病院では救急や、そこでしかできない手術などの治療以外の治療をしなくなっている。95歳と云う高齢では専門医に見せたところで万が一痛みと熱が癌のせいと解ったとしても手術などの治療を行う事は無いと思われるし、検査をしても結局通常の体力回復の治療だけになるとC病院で治療する事は無く、地元の病院に送り返されると云う事になると思われる。むしろ再検査と云うのは高齢だとその方がかなり負担になる事も有る。実の娘が帰って来て看病すると云うのだから、もう何も言わない方がいいよと。。。もう病院も選べない時代になったんだね。

ついこの間まで毎晩一時間座禅を組んでいた父の腹筋は驚くほど強く、仰向けのベッドから片手の支えだけですくっと起き上がり、じゃあまたねと云う私に向かって両手を合わせる。たくさんは食べないけどちゃんと食べられる。入れ歯を治したいが微熱がやまないので歯医者に行けずおかゆばかりの食事にちょっと不満だ。家なら何かとうろうろもできる。病院でのベットでの暮らしが続けば確実に運動機能が弱くなっていく。そんな姿を見ていると、なるべく早く家に帰れるようにならないかと思う。そのためにもせめて専門医のいる病院にと云う思いは、どうしても私の気持ちの中から消えない。

2006年の綿-種まきから4ヶ月、花真っ盛り

そろそろ台風対策をせねば。大きくなりすぎた綿は手がかかる。和綿を低く育てたのは、日本には台風が多いからでしょうね。和綿も1m以上に育ってしまったので、一昨日の台風の時は鉄砲竹で、高いものから少しばかり手をした。

しかし、取りやすい場所の道ばたの竹はまだ新しいものばかりで、クニャクニャとしてうまく大地に刺さらない。次回の台風の前になんとかせねば。

下を向いて咲く和棉の花と、上を向いて咲く米綿(緑)。
早くから咲いていた綿には4cmほどの実が膨らんだ。

2006年の綿-葉巻虫の駆除


順調に綿の花が咲いている。葉巻虫が一本の木から広がりつつ有るのを防がねばならない。農薬は散布しないので一つずつ手でつぶしてゆく。放っておけば、共存なんて言っていられないほど花まで食べ尽くしてしまう。そうなると綿の収穫は望めない。

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