日々のこと

2003年08月01日(金)
お盆の月


快晴です.
これから精霊を迎える旗をたてます.



2003年08月01日(金)
招き幡


山門前の桜の木にくくりつけます.一番長い竹の先に幡を付け、仏僧法、、、.宝楼閣、,、、を対に,高く高く.帰ってくる魂が迷わぬように.




2003年08月02日(土)
遊びの意味

はたの写真を見てくれたはるさんが、「あそぶ」について以前話していた事を思い出させて下さったので,すぐにsawadaさんBBSに探しにいったのですがもうすでにずいぶん前の事で不明.で検索してページを探しました.なかなか興味深かったので,無断で拝借掲載します.

■「遊」とは
中国の殷の時代の甲骨文字によれば、もともと「遊」という文字は、しんにょう(道)+旗がなびくようす+その下にいる子ども、或いは人がぶらぶらする、という解釈がある。
 人間はいつから遊ぶようになったのだろう。例えば「鬼ごっこ」は日本だけではなく世界各地でも古くからある遊びで、古代ギリシャでは神事から発生しているし、日本でも悪霊を追う民俗行事の「鬼やらい」「鬼追い」の神事や祭りが起源となっている。そういえば以前に縄文土器の中に小さな丸い見慣れないものがあり、何に使うのだろうと思ったことがある。それは子供のおもちゃであった。
 人間は遊ぶことを止めない。聖なるもの、神へ近付くために行う神事であったとしても、それが生きることと等質の価値を持っている限り、最も大切なことは遊びの中に潜在している。遊びの中に生きる力が隠されている。文化の中から遊びが生まれたのではなく、さまざまな文化に先立つものとして、遊びは遊びとして成長発展し遊びの中から文化の貌が立ち現れていった。詩や音楽、舞踊は本来遊びだったのだ。
 日本では「あそぶ」の語源は明らかではない。

 「あそぶ」という語は、多く鎮魂と関係をもっていることが察せられる。それは「遊部」あそぶ (べ)という部曲は、葬式の歌舞を司るものであることから見ても判る。「遊部あそぶべ」略して「あそぶ」奈良朝より平安朝にかけて、もっぱら葬式の楽を司った。・・・(中略)・・・とにかく鎮魂法を施す動作を遊ぶといったことだけはわかる。(折口信夫)

http://www.terra.dti.ne.jp/~marie-t/report.html



2003年08月04日(月)
いよいよ、お宝交換プロジェクト展


明日,8月5日より16日まで沖縄県那覇市の,前島アートセンター4Fで行われます.ほらほら何やら楽しそうなDMでしょ?わたしはお盆の準備で行く事は出来ませんが.、「アサヒオリオンアートビヤガーデンの,ポテトサービスチケットなんかがはいってて、何やらうれしいのであります...ほらなんだか、つい、そこに有る近くのビヤガーデンみたいで.どなたか現場のレポートオネガイシマス.
大きく見る



2003年08月06日(水)
まだ今日も..


ふさふさを作っています.7日から和尚さんは,棚経ですのに、私ももう早く仕上げてしまわないと.これから,よれよれゲソゲソの日々が続くから、庭仕事の余裕は無い.今日は仕上げるつもりだったらしい..んが.私はどうしてもこれを仕上げて送らねばならぬ.(ん..冷たい視線...)

雷が、なり出した..台風が来る.沖縄からかぁ,,しかたがないのでとちゅうでやめて庭に出る.一昨日,途中まで残していたところから始めたけど,すでにぽつぽつ.雨は,怠け者に最初にかかるらしい...こうなったら奥の手を.草刈り機のエンジンをかけて苔,面一,残しながら草を払っていくと,まるで芝刈り後のように美しい緑のじゅうたん...(なかなかやるなあ)でもね,これからぼちぼち根っこを抜かねばならないね.
フサフサの続きはまた明日だ



2003年08月08日(金)
沖縄の空


破れかけた網の目のむこうに,沖縄の青い空が広がる.
「椅子」としての最後の仕事をいただいて,もとの,「木片」に戻り、また新しい形をいただいた.もう自分の手もとに戻る事は無いが,それでいい.
それがいい.どんな道を歩んで来たかは、もう知る必要はないんだね.それはそこに有るだけで,それでいい.

sawada yamamotoさんのページへ



2003年08月11日(月)
たで科の植物はたくましい


藍の葉を摘んでもう1週間が経つと言うのに,とても元気だ.クーラーにあたって,何度もしんなりしていたが,暖かいところに出すとたちまち元気になる.差遺書に植えたところにはなじまなかったのだが,少し日当たりのよい場所の、マリーゴールドの間とか茄子の横とか隅っこの空いた場所に植え替えたら,たちまち元気になった.強いなあ.場所さへよければ、ココでも良い藍が育つ事が解った.来年は一番よさそうな場所にたくさん植えよう.
今が一番良い色が出るのだろうな.しかし,このお盆が終わるまでお預けだ.



2003年08月12日(火)
只今,,,

お花と格闘中..今は休憩中(ちょっと飽きたので....)午後4時のこと.

あらためて,言う事も無いと思うのですが,時々よく質問されるので...私は今、お寺に暮らしております.こちらは旧盆で,ただいまお盆の真っ最中です.このお花は本堂やお墓やお地蔵さんにお供えするために、非榊(こちらでは、せんだら、と言います)とお花とで組み花束にして、今日か明日の朝までに入れて廻るのです.こちらは檀家さんに農家の方がいらっしゃるので、仏さまにお供えして下さいと、朝市に出される小菊を持って来て下さいます.その他,お花やさんの檀家さんからもいただいて,2軒のお寺(兼務)の殆どがまかなえています.

さてさて,御供物を持ってこられる方々への応対は涼しい顔で,裏を見れば,切りくずはちらばりお花はひっくり返りの状態でしたが,何とか8割りがた終了.やれやれまたもや持ち越しました.




2003年08月12日(火)
お団子を供える器


フォトジャムでお見せした蓮畑がこの村には3か所有ります.御供物と一緒に蓮の葉もいただきます.そのままにして置くとすぐにちりちりになりまいてしまうので、こうして水に浮かべて,さらに上からタオルをかぶせ乾かないようにしておくと使う日までみずみずしく居てくれます.残念ながら今年は蓮の花の生育がどの畑でもよくなかったようです.



2003年08月12日(火)
月の傘


ちらばった、お花を整理して居ると,やけに廻りが明るくて,ふと空を見上げると、傘をかぶっておりました.明日も雨ですか...



2003年08月12日(火)
モードを替えて撮ってみると


よくみると、 まるで,黒留袖の裾模様のようです



2003年08月12日(火)
これは

墨彩画? ...とでも言いますか.

こんなに月夜...もう秋なのですかね.



2003年08月13日(水)
万燈会

ナムカラタンノー トラヤーヤー ナムオリヤー....
108本のろうそくを灯し大悲呪を唱える僧侶の声が響き渡る.8年前、この地に根をおろして始めて迎えるお盆.初めて見る万燈会の様子に胸が込み上げ鳥肌がたち、知らず知らず涙腺が緩んでた.手が震えて止まらなかったのを今でも覚えている.

行事のお世話をすると言う立場を思い,いつも横の端で見ていたので、正面から見た事が無かった.今年はどうしてもこの風景を写真に残したくて,初めて村の人に混じって正面から一緒に拝んだ.お経の間.初盆を迎える家人は108本のろうそくの火が消えないように、ろうそくのまわりを囲む.そして施餓鬼のお経が始まる.まるで歌うように流れる美しいお経だ.その後,鐘の音を合図に,村人達による念仏が始まる.これが一軒ごとに行なわれる.2軒目のお経は念仏の終わるのを待たず,再び僧侶の力強い大悲呪が響き渡る.ナムアミダァーと唱える村人の声と僧侶の声が混ざりあい響きあい、天を突き抜ける.

年を追うごとに村のお年寄りも少なくなり,地蔵堂前の「ござ」に座る人もまばらだ.念仏の声も年々小さくなって行く様な気がする.私も小さな声で一緒に念仏を唱えながら手を合わせ,このともしびを消してはいけないと感じていた.
640年受け継がれた、小さき村の魂の歴史を.



2003年08月13日(水)
あそべやあそべ


浴衣を着せてもらい、うれしい子供達がはしゃぐ「遊べや遊べ」...私の心もいっしょに遊ぶ.



2003年08月15日(金)
盆舟流し

西方丸 〜南無阿弥陀仏〜
私のうまれた街,浜坂には送り火の代わりに「盆舟流し」の行事が毎年盛大に行なわれていた.この街のまつりごとは、海沿いの漁師町らしく川下祭り,盆船流し等、海と船にまつわる行事が行なわれる.都会で暮らすようになっても,この盆舟流しを見るために必ず帰って来ていた.初盆の有る町内ごとに小さな船を造りちょうちんを飾り「船が出るぞ〜」の合図とともに町内を練り歩き海の河口に一斉に船が集まる.

浜には火が焚かれ各宗派の僧侶による読経が響き人々は手を合わせる.河口には人々が溢れんばかりに突堤の先に集まり、自分の町内の船を探す.私は,「西方丸 上六軒」と書かれた船を探す.初盆が有り船を造る年、白い船の帆にこの字を書くのがいつも父の仕事だった.そして、それぞれの町内の勇敢な姿の青年が河口から海に入り、日本海の荒波に立ち向かい、大海原へ船を導く.波打ち際には火が焚かれ,闇夜の海から戻った男達のからだをあたためる.

突堤の人だかりでは,あの船が一番だとか,海に入った勇敢な男衆は誰だとか,口々に,嬉しそうな声が飛び交う.そして皆.どうか沈まないで沖まで行けますようにと願う.私はいつもそこから抜け出し一人で波打ち際へ行き静かに手を合わせ、今年亡くなった人や,おじいさん,おばあさんのことを思った.

何百年続いたであろう、この行事が今年から無くなった.何年か前からいやに明るいうちから船が出るようになったなと思ったら,海に流す事無く浜で焼かれ、しまいには船を造る事さへ、やめてしまった.年に一度の大切な文化を、環境問題?、一体なぜなぜ?、連綿と続いた歴史を、あっさりと捨て去ってしまったのは.、、

広い砂浜を横切るゴミの様な板の道.と箱の家.そんなものより価値のないものなのか...のっぺらぼうのきれいな街に,何処に行っても同じテーマパーク.そんなものに魂は揺さぶられやしない.

(画像はDAIさんより、Mさん撮影の物を御借りしました)






2003年08月15日(金)
西方浄土へ


美しい夕暮れのもと,船は沖へ行く.もうこの景色を見る事は無いのだね.

(DAIさん撮影)



2003年08月15日(金)
お施餓鬼の日

浜坂では盆舟流しが廃止になり、川からの灯籠流しへの参加を呼びかけていた.
同じ日、田井の村では3か所の寺院が一斉に施餓鬼の準備に追われていた
本堂前の棚の四方に笹を飾り,棚の上に五色の旗やお米、乾物、畑で採れた野菜をお供えする.初盆のお家の方々が全て揃い、10時に山門施餓鬼の始まりを告げる大鐘が九つ、村中に鳴り響く.



2003年08月15日(金)
供物

お参りされた方全てが,蓮の葉の上にひと匙づつ,「みずのみ」を供えて行く.今年もたくさん作り過ぎた...皆さんが帰ったあと、何時もココに来て「みずのみ」を全て蓮の上に供える.今年も無事に終わったなあ.

何時だったか,同じようにココで手を合わせていると,棚の向こうに見える禅堂の屋根に,何やら人影が,,手に白いものを持っている..よぉーく見たら,白い「米なす」を持った猿だった.初めてココで猿を見た日.その次の年のお盆には,2人?連れの猿が,参道の階段を横切った.ちょうど車2台分くらいの距離に立ちすくんでしまった事も有ったな.普段は閑散としているお寺だが,お盆には色んなものがやってくる.



2003年08月16日(土)
送り火


京都の五山の送り火の日.お墓から持って帰って来た灯籠を、本堂の前に並べ灯をともす.



2003年08月20日(水)
赤いオクラ


今朝は、小豆かゆと、赤いオクラを食べました。お昼は赤いスイカを食べました。夕食は何だろう。。。

*夕食には、カレーに人参と赤いピーマンが入りました。



2003年08月20日(水)
晴天


昨日も今日も、カンカン照りなのに、日中は雑用でつぶれてしまった。今日こそはと日が陰る寸前に庭に「馬」(大工さんが材木を刻むのに使う足場)にコンパネを渡して生地を貼り、糊をまぜた柿渋で遊ぶ。置き場が無いので半乾きのまま苔の上に置く。なんだか吹き流しがいっぱい出来たみたい。
思いつきで作業を始めても、田舎の家は、道具がすぐ揃うのが良い。コンパネ、、なんで有るんだろう。。



2003年08月22日(金)
はなかげ



木漏れ日に

はな影うつし

終の蝉

     toshi



2003年08月22日(金)
柿渋+藍


以前から試しては居たのだけれどなかなか思うようにならなかった。柿渋と藍の掛け合わせが、透ける布でちょっと落ち着いた。桜の枝にかけたら、この葉のシルエットが映っていい感じ。私が染める布には、光が欠かせない。でも、、、欲しいのは、何処で見ても「光を感じる布」なんだ。



2003年08月23日(土)
植物日記


四角豆の花を2個見つけた。なんとか2個だけは豆が見れそうだ。
花の大きさ、ほぼ等倍



2003年08月23日(土)
植物日記


綿は、2本だけ大きくなった。でもまだ花の気配がない。もともと日照不足の土地、今年はさらに不足。藍も綿も豆も、色んなところに植えたけどこの綿を植えた辺りの生育は倍ほどちがう。。。ま、これも収穫だ。



2003年08月27日(水)
ビーカー&試験管

何度も割ってしまう、珈琲サーバーに代わって、最近はこれが珈琲をついでくれる。かわいいやつでしょ?台所には2個置いてあって、卵をまぜたり、麺つゆが入ったり。。何かと重宝している。試験管は、、一輪挿しにしようと思い、でもまだ未使用。

試験管x20本。。は欲しい方はメールを。。いっぽんからお分けします。



2003年08月28日(木)
かえって来たヨーグルト

ほとんど2年ぶりに、カスピ海ヨーグルトがかえって来た。以前にも話したが、明治生まれの父は、10数年ずっと、手作りヨーグルトを欠かさず作っている。牛乳と市販のヨーグルトを混ぜて保温機で作るものだ。

「カスピ海ヨーグルト」を友人からいただいて、試しに作ってみたところ、かなり強力な菌は、保温しなくても、ヨーグルトを再成する。でもね、一応「菌」だものね、色んな人に教える前にちゃんとした事が知りたくって、出所である京都大学の家森幸男教授の研究室に電話で問い合わせる事にした。研究室の方は事情を話すと親切に取次いで下さって、ご本人とお話しする事がで来た。教授自身もこんなに広まるとは思って居なかったらしい。教授が島根の大学の頃、奥様のお知り合いを通じ、じわじわ広まったのだとか。

怪しいものではないかな。。と言う事で和尚さんに勧めたのだが、何時ものと味がちがうもので、その後は「牛乳は駄目!」の義母がせっせと作っていたのだ。感謝感謝!んで2年。。いや、もう3年近いかも。。「物持ちが良い」コトはこう言う良い事が有るんだなあ。ただ、菌の力が弱くなったのか、最近は、保温機で作っているそうで、どうかな。。で、早速作ってみた。がなんとか出来ているみたい。

さて、ヨーグルトきな粉ダイエットでも始めるか。。。



2003年08月29日(金)
記録


火星をみた。画像には、11個もの火星が映った(得した気分)。画像処理後の星の数も、正確な数は解りませんがきっととてもたくさんです。でも、星じゃあ無いかもしれません。



2003年08月29日(金)
それと、、今日は染め講習の日

自由学習に染め物をしたいと、小学生2名と先生と、午後すぐから2度目の体験学習。最初にタマネギを染めたもんだから、それより濃く染まる材料は。。。今日は、桑のアルカリ法を教えてあげた。でもちょっとものたんない様子なので、急きょ藍染めの板締も教えた。

私が一番好きなのは、染めた布の板を外す時。。。案の定きゃ〜きゃ〜言ってるわ。そうそう、その感じ、覚えててよね。

それから今日は、一度に来客有り。いつものメンバーが遊びに来て、小学校の校長先生が(私の中学の担任の先生30年ぶり)やってきて、長い事会っていなかった知人が顔を見に来てくれて。近くのおばあさんが、野菜を持って来てくれて。。ま〜なんで、こう言う事っていっぺんなんだろう。。。。それぞれゆっくりお話ししたいのに、今日は駄目だわ。。それだけが心残りな一日だった。でも、うれしかった。



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