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カテゴリー: 自然,植物

年末〜銀杏まみれ

年末の恒例行事。ミニミキサーで回したところだけだけで簡単そうに見えるけれど、前後色々と力仕事をやってる。だけどこれのおかげで随分と助かってる。これだけ洗うのに一人でも2時間ほどで出来るのだから。しかもストレスがほとんど無い。綺麗になったものを2日ほど水にさらしてから干す。

匂い?、実は最初から違和感がなかった。フルーティーなトロピカルフルーツみたいだって思ってた。それに素手で触ってもかぶれることもない強い皮膚を持っている。

自然の大木なので、銀杏が自然に落ちるまで待つと、よく熟して翡翠色が少なくなって黄金色になっていくらしい。翡翠色のは褒め称えられるけど、黄金色はあまり褒めてもらえない。けれど、どこかの銀杏屋さんが「翡翠色、黄金色、それぞれ違った美味しさがある」と書いていた。そうよね。色とか大きさとか、もうあまり考えないことにしよう。けれどもこんなに必死に洗っても食べるのにも面倒な銀杏は(それにたくさん食べられないし)だんだんありがたいと思われなくなってきた気がする。。。。。ああダメダメだ。。そんなことも考えないことにしよう。無心に黙々と洗い切ることだ。ざっと見積もってこの7倍ほど残ってる。

今年は数がとても多いようだ。もっと忙しくなるまでに、全部洗い切ることに専念しよう。そしてお年玉がわりに配った後は全部皮をむいて、冷凍するとしよう。

銀杏落下

と言っても熟したわけでは無く台風で枝ごと落下したもの。

食べられるようになるには後2ヶ月なので未熟なのだけど、今年のは割と大きいようだ。

台風のコースに当たっていても、2度とも東寄りになり風も雨も大したこともなく過ぎて行った。

さて、船舶用の方位磁石がまた一個増えていた。

「またいっこ」というのは上のもの、木の箱に入っている。

最初のは手あぶり火鉢に乗せてるもの。

この磁石を車に乗せると方位を正しく示さないらしい。

車の中も電磁波いっぱいなのかな。

——ところで——

どうでもいいようなことも

書いておけば後々、あっという気づきになるのに

近頃、書けなくなったね。ちょっと。

でもまあ、書いてみた。

川とダムのことを考える

川とダムの関係|流域の自然を考えるネットワーク より

「川岸が垂直の崖化した川の上流には、必ずダムが有ります。そう思って間違いありません。山崩れ防止や土砂災害防止を目的に建設される治山ダムや砂防ダムがむしろ、川を不安定にさせて、災害を新たに引き起こす原因になっていることを知っていただきたいと思います。

多くの人たちは、「治山」や「砂防」の言葉に惑わされて、山崩れや土砂災害を防止するものだと思い込まれているのではないでしょうか。事実、私もそう思って疑うこともありませんでした。しかし、実際は治山ダムや砂防ダムのある川で、災害は頻繁に起きています。簡単に異常気象だとすり替えず、災害の根源は本当は何なのか?発生源から因果まで現場をしっかりと見ることが、とても重要なのです。」

川の異変を感じませんか?

 

ドキュメンタリー映画『ダムネーション』公式 (DAMNATION) by パタゴニア

 

気分転換

 

頭の中が煮詰まってきたので、今年初のヤマオ引きをする。
(山に生える苧麻から麻繊維をとるという意味)
石垣の日陰のも大きくなっている。茎についていたアワアワの中にうじゃうじゃと、赤いお尻の子がいた。横の茎に置いてきたのに一匹ついてきた君は誰ですか?申し訳ないがちょっと他所に行ってもらう。
追記:アワフキムシというらしい。

アワフキムシ. (2016, April 23). In Wikipedia. Retrieved 11:23, April 23, 2016, from https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%AF%E3%83%95%E3%82%AD%E3%83%A0%E3%82%B7&oldid=59461862

小豆粥

美味しそう。。正確には「小豆芋粥」

小正月には小豆粥を必ず。でも小正月でなくてもよく作る。

赤崎公民館便り1月号に載せる小豆粥の写真を必死で探していた

作って撮影すればいいのだけど、最近の写真、昔ほどうまく撮れない。

昔の写真は、気合い入ってたなぁ。。ほどほどの小豆もいい。

最近欲張って小豆をたくさん入れるから粥がすごく赤くて写真映えがいまいちだし。

Wikipediaの小豆粥を見ると色々面白いことが書かれていた。

宮中で食べられていた七種粥はここのところ毎日白米に混ぜて炊いている雑穀米の材料とほとんど同じ。

材料はいつもあるしすぐに作れる。贅沢なことだ。

 

Wikipedia 小豆粥

小豆が持つ赤色と稲作民族における呪術が結び付けられて、古くから祭祀の場において小豆が用いられてきた。日本の南北朝時代に書かれた『拾芥抄』には中国の伝説として、蚕の精が正月の半ばに糜(粥)を作って自分を祀れば100倍の蚕が得られるという託宣を残したことに由来するという話が載せられている。

中国においては、古くは冬至の際に小豆粥が食せられた。後にこの風習が発達して12月8日には米と小豆ほか複数の穀物や木の実を入れた「臘八粥」(ろうはちがゆ)というものが食せられ、六朝時代の中国南部では1月15日に豆粥が食せられた(『荊楚歳時記』)。これが日本に伝わって1月15日すなわち小正月の朝に小豆粥を食するようになったと考えられている。『延喜式』によれば、小正月には宮中において米・小豆・粟・胡麻・黍・稗・葟子(ムツオレグサ)の「七種粥」が食せられ、一般官人には米に小豆を入れたより簡素な「御粥」が振舞われている。これは七種粥が小豆粥に他の穀物を入れることで成立したものによるとする見方がある。また、紀貫之の『土佐日記』によれば、承平7年(935年)の1月15日(小正月)の朝に「あづきがゆ」を食したという記述が登場している。江戸時代には15日すなわち「望(もち)の日」の粥という語が転じて「餅(の日)」の粥と解せられ、小豆粥に餅を入れて食べる風習も行われるようになった。今日でも地方においては正月や田植、新築祝い、大師講などの際に小豆粥や小豆雑煮で祝う風習のある地方が存在する[1]。大師講が行われる11月23日(現在は12月23日)にはそれぞれの家で長短不揃いのカヤの箸とともに小豆粥が供えられる。大師様が小豆粥を食する際に用いたと考えられた箸は、地方によっては講の後に魔除けや子女の学問・技術の向上のまじないなどに用いられた。

美方大納言小豆

兵庫県の但馬地方にある美方郡香美町・新温泉町。 棚田での栽培が多いため、大量生産は難しいが、昔ながらの手まき、手ぼり、手よりによる栽培が行われている。

 

 

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