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カテゴリー: 紡と織

リジッド織り機で ウールマフラーを織る

なんとなく懐かしく、レトロな感じなのは真っ白じゃなくてちょっとベージュだったからかも。黒じゃなくグレー目のこげ茶と、赤もなかったので赤紫なのもレトロなイメージに拍車をかけてるようだ。平織でも千鳥格子風になるのだね。『手織りのためのスコットランドチェック/明石恵子 著』という本を参考に手持ちの糸で試してみている。オーバーチェックなども入れてみて、30羽/10cmの荒い筬に2本ずつ入れた。リジッド織り機は打ち込めないけどゆるく織る縮絨するマフラー織るのには最適かも。足踏みに慣れていると手で上げ下げするのも面倒だったけど慣れかね。

随分荒い目だけど縮絨したらどんな風になるのだろう(どんだけ縮むだろう)縮絨の経験が浅いので、糸と、密度と織加減と、縮絨した感じの想像ができない。おまけに手持ちの糸なので何もかも不明。今だって結構もふもふしているのだけど、もっともふもふになるのだろうか。。早く織り上げたい。

櫛で梳く糸

この櫛を作ってくださった カナダ、ブリティッシュコロンビア州 woolcombsのSusan and Andrewご夫妻。今年の3月にwoolcombs’を引退し、ご自分たちの生活に集中されたとのことをつい最近HPを見て知った。少し寂しい。

Doukhobor Combs という道具 についてはこちら 又の名をRussian Paddle Combsという。迫害を受けロシアからカナダへ移民となった民族の使っていた道具。文豪トルストイとの関わり。

2015年の1月から早く慣れよう、みっちりかかろうと思っていたけど、不器用な上に予定外の慣れない仕事を抱え込んで織りの仕事未だ停滞中だ。それでも手が忘れないようにと取り掛かってみる。。羊毛の総を優しくとりわけセットする。なんて可愛い。梳いて紡いで最後に残る短い繊維とネップは、紡毛糸用に取っておく。

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糸を作る工程が面白い。世の中には様々な道具があって、それにまつわる歴史があって。そんなことをいろいろ試していたらどんどん最初の目的から遠ざかってしまった。そもそも。。。。いややめておこう。今はこれでいい。

HPも公民館だよりも、連絡先をオープンにしているので、様々な方から連絡があったりする。見ず知らずの人からの問い合わせも時々あったりするけれど、その都度、誠意を持ってご返事しているのだけれど、一生懸命ご返事した後で、「あれ、、社交辞令だったのか。。」と感じる対応にがっかりすることがある。。社交辞令、慣れてないので随分後々まで尾を引く。

少し気持ちを整えようと糸紡ぎに没頭してみているのだけれど、いろいろ進まない現状に、さらに落ち込む日々。。

けれどそんな悶々とした気持ちを、習字が癒してくれる。今、かなを練習中。自宅練習もなかなかできないけれど、1時間半、あっという間に過ぎる。何もかも忘れて集中して書いた後の爽やかさ。

今日はそんな日でした。

今日の添削

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6月8日のいろいろ

和田付近の道端にヤシャブシの雄花がたくさん落ちていた。

その下の方の山苧はもう大きくなっていたけれど、今日はとらずに公民館に向かう。

花壇もユーカリの鉢も元気にしてた。プランターはやはり詰めすぎだわ。。

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たくさん芽を出したのに植える場所のなかった綿の苗を公民館の庭に植えた。

ここって子供達がドラム缶くぐって遊んでたとこかな。

ここだけはスコップで土が掘れた。他は土がガチガチで植えられない。

小枝をさして「ここ花壇です〜」という印にした。

お昼になり家に帰る。いいお天気で木苺がつやつやと赤く光っている。

荷物を車に置いたままバケツを持ってイチゴ摘みに向かう。

食べ食べ、イチゴ摘み。帰りすぐジャムにする。

今日は素焚和糖とレモンの代わりにクエン酸を使う。

さて、そろそろ山苧の皮むきの季節になった。

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2011年BS1未来への提言 元フィンランド教育大臣 オツリペッカ・ヘイノネン氏に聞く

『私たちは教育の機会の平等がなければ、教育の質の向上は不可能だと考えています。教育を受ける機会の平等は全ての前提です。平等を保障する制度は、私たちフィンランドの教育の礎となる最も大切な原則です。それは、子供が首都のヘルシンキに住んでいようが、遠く離れたフィンランドの北部に住んでいようが、他の子供と同じ機会が与えられる、そのような国を作るということです。どうやって誰一人落ちこぼさず、誰もがついて行けるようにするか。ここで重要なのは、人はそれぞれ違うということを理解することです。学習の仕方も人それぞれなのです。学習意欲がどこから湧くのかも人それぞれなのです。様々なアプローチの仕方を考慮すべきです。ですから誰もがついて行けるという基本原則と同時に、教育システムにはある程度柔軟性がなければなりません。
『子供を育てるには村が必要』という格言がありますが、フィンランドでは皆社会全体で教育制度を支えています。これは人々が互いを思いやる社会をどうやって築くかということです。人はそれぞれ違うということを理解し、自分と異なる人を受け入れ、コミュニケーションをとることができる。そのことは自分の強みになると気づくべきです。他人を理解するには、まず自分を知らなければなりません。自分に価値があるということを、知らなければなりません。そのことを通じて他の人もまた、かけがえがないということを理解し、他者と協力することができるのです。これもまた教育の役目です。どうやって自分を知り他者の価値を知り、他人を傷つけたり、他人を脅威とみなすような、自己中心的な人間にならないようにする。これこそが福祉国家のベースになるのです』

竹を切る季節のこと

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まばらにでも生えていないと、食するのに良いタケノコが取れません。しばらくあまり良いものが出てきませんでしたが、今年はこの中から良いものを伸ばしてあげましょう。で、切り倒すものは。。

建築に関わる物の言い伝えに木六竹八塀十郎という諺がありますが、すべて旧暦に直して

◉木は7月〜8月の梅雨明けに伐ると木の皮を剥ぎやすい。
◉竹は9月〜10月に伐ると虫が入らない。
◉土を練って作る塀は11月までに造っておかないと乾く前に凍みて崩れてしまう。

ということらしい

私が竹を切る目的は、「竹麻」を作る目的なので、繊維がほどほどに育ち硬くならないうちに行います。とは言え、竹麻がどんなものかどんな糸なのか知らないのですが。まずは竹紙の作り方を手本に試しています。けれど繊維を餅のように搗きバラバラにしてしまう紙用の繊維と、繊維を糸用にするにするのとでは、採取時期が少し異なるのだろうかと悩んで2年経ってしまいました。全く気の長い実験です。

竹レーヨンは今エコな素材としてブームな様ですが、レーヨンやパルプの方法でなく竹から繊維を取り出して布を織ったものは存在していたそうです。現在も誰かが作っているのかもしれませんが、竹麻を検索にかけても、出てくるものは竹レーヨンばかりです。とてつもない魅力があって役に立つものならもっと以前から作られているのでは?という声も聞かれます。そんな役に立つのか立たないのかわからないものですが何やら、やめられないのです。

 

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