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1948年5月15日パレスチナ人「ナクバの日」

1948年5月14日にイスラエルが建国され1948年5月15日に大量のパレスチナ難民が発生した

板垣雄三・東京大学名誉教授が「ナクバ(大災厄)の日」70周年直前の5.13に継続的な民族浄化へ警鐘を鳴らす講演!「パレスチナ人という存在そのものが消されようとしているということが、ナクバ70年の現実」

板垣雄三(1931年2月5日〜)

来歴・人物 Wikipediaより URL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=板垣雄三&oldid=66624946

東京市本郷生まれ、1953年東京大学文学部西洋史学科卒業、1956年同大学院修士課程修了、東京都立竹早高校教諭、1960年東大東洋文化研究所助手、1965-1966年アラブ連合共和国へ出張。1966年東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所専任講師、1967年助教授、1971年東大教養学部助教授兼任(歴史)、1972年でAA研兼任解職、1976年東大教養学部教授、1986年東大東洋文化研究所教授兼任、1987年東大教養学部兼任解職、1991年定年退官、名誉教授、東京経済大学特任教授、1993年教授。1997年コミュニケーション学部長。2001年定年退職、名誉教授。
1964年アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞、1989年大同生命地域研究奨励賞、1991年JCJ特別賞受賞。2003年文化功労者。日本中東学会会長、日本イスラム協会理事長、アジア中東学会連合会長、日本学術会議会員。

大雪で冬眠してました

とにかく何年かぶりに体験した大雪でしたってこと書いておけねば。1月末から半月の間、お寺から車が出せず。ならば冬眠しよう。ということで織機の調整やら織計画やらに没頭。

小豆粥

美味しそう。。正確には「小豆芋粥」

小正月には小豆粥を必ず。でも小正月でなくてもよく作る。

赤崎公民館便り1月号に載せる小豆粥の写真を必死で探していた

作って撮影すればいいのだけど、最近の写真、昔ほどうまく撮れない。

昔の写真は、気合い入ってたなぁ。。ほどほどの小豆もいい。

最近欲張って小豆をたくさん入れるから粥がすごく赤くて写真映えがいまいちだし。

Wikipediaの小豆粥を見ると色々面白いことが書かれていた。

宮中で食べられていた七種粥はここのところ毎日白米に混ぜて炊いている雑穀米の材料とほとんど同じ。

材料はいつもあるしすぐに作れる。贅沢なことだ。

 

Wikipedia 小豆粥

小豆が持つ赤色と稲作民族における呪術が結び付けられて、古くから祭祀の場において小豆が用いられてきた。日本の南北朝時代に書かれた『拾芥抄』には中国の伝説として、蚕の精が正月の半ばに糜(粥)を作って自分を祀れば100倍の蚕が得られるという託宣を残したことに由来するという話が載せられている。

中国においては、古くは冬至の際に小豆粥が食せられた。後にこの風習が発達して12月8日には米と小豆ほか複数の穀物や木の実を入れた「臘八粥」(ろうはちがゆ)というものが食せられ、六朝時代の中国南部では1月15日に豆粥が食せられた(『荊楚歳時記』)。これが日本に伝わって1月15日すなわち小正月の朝に小豆粥を食するようになったと考えられている。『延喜式』によれば、小正月には宮中において米・小豆・粟・胡麻・黍・稗・葟子(ムツオレグサ)の「七種粥」が食せられ、一般官人には米に小豆を入れたより簡素な「御粥」が振舞われている。これは七種粥が小豆粥に他の穀物を入れることで成立したものによるとする見方がある。また、紀貫之の『土佐日記』によれば、承平7年(935年)の1月15日(小正月)の朝に「あづきがゆ」を食したという記述が登場している。江戸時代には15日すなわち「望(もち)の日」の粥という語が転じて「餅(の日)」の粥と解せられ、小豆粥に餅を入れて食べる風習も行われるようになった。今日でも地方においては正月や田植、新築祝い、大師講などの際に小豆粥や小豆雑煮で祝う風習のある地方が存在する[1]。大師講が行われる11月23日(現在は12月23日)にはそれぞれの家で長短不揃いのカヤの箸とともに小豆粥が供えられる。大師様が小豆粥を食する際に用いたと考えられた箸は、地方によっては講の後に魔除けや子女の学問・技術の向上のまじないなどに用いられた。

美方大納言小豆

兵庫県の但馬地方にある美方郡香美町・新温泉町。 棚田での栽培が多いため、大量生産は難しいが、昔ながらの手まき、手ぼり、手よりによる栽培が行われている。

 

 

思いがけないプレゼントしかも手編み

年末にクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントがいっぺんに届いた

いつも黒いコートに黒い帽子だったから

『誰かと思ったら二階堂さん真っ黒です!』ってもう言われないですむ

これからは明るい色も身につけよう。

年末の銀杏洗い

暮れの30日に銀杏を洗った

今年は少し少なかったものだから80Lほどの入れ物に残り1杯だ。まだ庭にころがっているけれどとりあえずこれが最後だと思うと正月飾りも早く終わったし、これを済ませればスッキリする。だって最後まで洗い終えたことが未だかつて無かったのだ。

20年洗い続けて初めてのことよね。。感慨深い。16時から洗い始めて3時間で全て洗い終えた。小型ミキサー様様。1日流水にさらしてネットに入れて専用の洗濯機で洗えば匂いも取れるので、乾燥した室内の高いところに一晩おけば全てのお正月のお年玉のお返しに使えます。お天気も良くさほど寒くはなかったけれどさすがに夕暮れ頃には何度も水を変える作業に足腰が悲鳴をあげてお正月の念頭の挨拶時には正座することができず無様なことでした。

銀杏を洗ったり、山菜を収穫するところから始まる料理や、おかき作りとか、広い庭掃除とか、お寺の仕事は、糸績み、糸紡ぎ、手織りといった仕事ととても似た地道な作業で、本当に充実した気持ちで作業できるのだけれど、全て行おうとすると不器用で効率の悪い私にはやっぱり時間が足りない。全て美しくこなせる人もいるのだろうなと思うけど、なかなかそんな人にもなれない。

2018年お正月

七草も終わりました

といつものようにあっという間にお正月が過ぎてしまいます

毎度のことです。しみじみと年越しを味わうでもなく

新しい年に心震えることもなく

ただただ慌ただしさに右往左往しているうちに

カチッと年が変わるのです

でも、それでいい。いつものように

暮らすことが一番だと思っています

 

もう少しエンジンがかからない

小正月までにはなんとか。。。