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月別: 2006年6月

猫も熱中症になる


シャムのこげが新月に行方不明になり、丸二日姿が見えない。屋根裏部屋にも呼びかける。山に向かい呼びかける。が、こだまが返るだけ。もうだめかとあきらめた。でもあきらめきれずにもう一度天井に向かう。と、のこのこ降りて来た。様子が変だ。水がのめない様子。コレはヤバい。かなりヤバい。背中の皮膚を握って元に戻らないのは脱水症状。昨日すぐ医者につれてゆき点滴。熱中症とのこと。側をつかず離れず、今日は猫の母。

7/1追記———————-

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熱中症と、さらにダニの集中攻撃が高熱に追い討ちをかけたらしい。点滴で熱も下がり、ご飯が食べられるようになった3日目に、頭としっぽと足を残してすっかりすっきり毛を刈られる。やたらかわいい、なでなでする。

お盆に使う「おがら」?

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苧麻の繊維を剥く事を、苧を引く(おひき)と言う。残った芯は、おがらなんだって。(へぇへぇへぇ、、知らなかった)お盆の飾り付けや、お墓参りの焚き物に使いますが、こんなに身近に残っているのに、当たり前のように使っているのに、さっぱり出所も知らなかった事にあきれる。苧麻の苧殻、、なのだ。。。そういえば、栽培種の苧麻は2m以上にまっすぐ育つ、三つ又でも、楮でもないのだ。

昨日今日とで全部の苧引きを終えるつもりだったが、こげに付きっきりでまた残してしまう。水につけっぱなしは良くないのかな。。弱っているような気がする。でもせっかくのもの、無駄にはできない。なんとか形を残そう。

*追記*7/1
苧殻のなるのは大麻のことかも。日本で取れる麻は大麻、からむしだが、繊維をとる事をどちらの場合も苧引きと呼ぶ様だ。葛の場合でも葛布帖の解説の中で苧引きと書いてあった。青土さんという宇治の生地屋さんで、神様への捧げものにする麻は、大麻だったと聞いた。とすれば仏事に使用したのは、大麻の苧殻なのだろうとおもわれます。 ネットで検索をするといろいろなページが引っかかります。私のページもどこで検索にかかるか解らないので、気をつけて記事を書かねばなりませんね。

ことわざ辞典よりーーーーーー
餓鬼に苧殻
読 み: がきにおがら
意 味: 力のない者が、折れやすい麻の茎を振り回しても、何の役にも立たない。何の頼りにもならないことのたとえ。
解 説: 「餓鬼」は仏語で、生前の悪行のために我軌道に落ち、飢えと渇きに苦しむ亡者。「苧殻」は皮をはいだ麻の茎。
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歴史音痴の私が歴史を探る~服部神社


楞厳寺に伝わる、順徳院姫宮消息装飾経について学ぼうと思い立つ。寺の書物、浜坂町史、福部村史を積み上げさてと、、、私の苦手は語学と歴史。。、順徳院姫宮のこと、順徳天皇、後鳥羽上皇のことを足がかりに一気に苦手を解消できるか。。。

順徳院姫宮消息装飾経は、姫宮直筆の書が散落せぬようにとまとめられ。姫宮の菩提を弔うため服部庄と共に寄進された。(服部庄は今の鳥取県福部町。ラッキョウの生産で有名な場所で、鳥取砂丘もあり産業にも観光にも恵まれている。)経の切れ間にちらほらの見え隠れするかなの文字。何が書かれているか、どんな歌が詠まれているのか、どんな一生をおくられたのか。。。見学のため久々に解かれた巻物を穴があくほど見つめる。

ところで、そんな事を調べていると、実に興味深い別件に突き当たる。国道沿いの海士(アモウ)に服部神社と言う小さな社がある。webで調べていたら、棚機神を祭る全国の式内主要神社 一覧に、「鳥取県岩美郡福部村 服部神社 」と見つける。祭神 天棚織姫命(あめのたなおりひめのみこと)。

[:鉛筆2:]棚機神社
棚機の棚は宛字ではなく、棚にいて機を織る少女が棚機姫で、古代には夏秋の交叉の季節に、村落を離れた棚の上に隔離されて、海または海に通じる川から来る若神のために機を織っていた、と『古代研究』の中で折口信夫は語る。 棚機姫は水の女であり、神をもてなす女である。空海には老婆が遠くから水を運び、お礼に近くに水のわき出す所を教えたと言う。 七夕織姫信仰とは違う神であったようで、水辺で神衣を織りながら神の来訪を待ち、神妻となる巫女の神格化されたものと、織姫とが習合したものである。

折しも七夕間近、なかなか興味深い。さて、今の私に、なんだろう。このタイミングは、このつながりは。縁とはこのような事なのか。。。この、服部神社を真南に地図を移動すると国府町宇部神社がある。この地にももう一度行かねば。
[:クリップ:]街道を行く因幡・伯耆のみち
[:クリップ:]神社や遺跡 線上に並ぶ

海士と書いてあもうと読む。福部村史によれば、この場所に品部と呼ばれた技能集団のなかの機織りを担うハトリ=服部(ハタオリがなまったもの)の集団が有ったとされている。海士という地名はは隠岐にも、またほかにも有るらしいが読み方は「アマ」この地だけが、アモウなのは棚機神社が置かれていたからではないかしら。。と、わくわくしながら考える。アモウ=天羽。羽衣伝説とつながっているのでは。。。と想像。歴史が面白いってこういう感じなのだろうか。始めての感覚だ。(今まで面白くなかったということだ)何か機織りとの手がかりは無いものか、梶の木が有るかもしれないと服部神社に行くが何も見つからなかった。

ところで、、順徳天皇は佐渡に流され、姫宮の墓も佐渡に有ると以前ネットで調べた、一度佐渡へも行かねばね。それから、順徳天皇の父後鳥羽天皇が流されたのは、隠岐国海士郡の中ノ島、現海士(アマ)町。

くわ科の植物~梶(かじ)か楮(こうぞ)か


楮は紙を作る原料としては知っていたが、mixiで楮布(かじふ)と言う布のことを知る。梶と言う植物も別に有るようで楮も、かじと読むそうだ。ネットで梶の写真を見たら、このような変わった形の葉だった。田井の村はずれで苧麻を採取していて見つけた。新枝の根元を探すと目の前に垂れ下がる小さな赤い桑の実に似た枝から出ているのが見えた。帰り調べると楮だの様だが、新しくのびた枝の葉は、梶の様でもある。んん、、でも、紙すきの里の楮畑の葉も同じ亀裂が有る様だ。。解らんなぁ。。

この場所の道を挟んだ畑地には、かつて蚕のための桑畑が広がっていた。その中の一本だったのか、蚕を飼わなくなって枝はのび放題、見上げるほど大きく育って葉っぱは直径が40cmほどの有りそうだ。徳島で作られる太布も梶の畑を作りその枝を採取するそうだ。時期は冬の寒の頃。採取時期が違うのは桑は蚕のための副産物で有ったから。。とすれば、桑も採取時期は冬の方がいいのだろうか。。。?

桑畑の話しから始まって、梶、楮、そしてここ数日思わぬいろいろなつながりの発見で、頭も体も右往左往している。この話しは思わぬ身近に有った棚機神社へとつながってゆく。

地球を巡る水と我われの暮らしー24日コウノトリ文化館


日記を飛ばしてしまいました。数日間分まとめ書き。
24日は「但馬学研究会15周年記念公開講座」に行ってきました。会員では有りませんが今回の講師 原田憲一氏は、母校(現在は4年制になり京都造形芸術大学)の教授で有ると知り、始めて参加する事にした。京都造形芸術大学、私の時は、藤川学園という専門学校が短期大学になったばかりの私は3期生で入学。北白川通の新しい煉瓦作りの学校はタクシーの運転手もホテルと間違うほどまだ学校としての知名度は低かった。短大に入って始めて(たしか。。でも初期には違いない)の課題レポートの事は今でも忘れていない。有吉佐和子の「複合汚染」だった。レポートを書かなきゃいけないって気持ちも助けてだったのか、それはすごい衝撃で一気に読んだ。私はこの本のタイトルとなった「複合汚染」と言う言葉を、それ以来心に刻んだ。

そんな訳で、円山川のほとりのコウノトリの郷公園で、水をテーマに催される講演の講師が、ほかでもない、芸術造形大学の教授だった事に興味を引かれた。主催者の方には、芸術大学の教授であると言うのはあまり重要では無いようでしたが、私にとってはとても重要な事だった。
原田憲一氏は数年前に山形の大学から京都造形芸術大学の教授になるにあたって、絵を描いたり、モノを作ったり。造形は人間にしかできない、そういう意味で造形芸術大学で教える事は非常に意味の有る事だ、と言うような事をおっしゃっていた。私はこの辺の事をもっと聞きたかったのだが、土地柄、農業関係の質問が多く、ビジターである私は質問は差し控えた。帰りに本を買い求め、せっかくなので教授にメッセージを頂いて帰路についた。

地球について 原田憲一 著「なか見!検索」ありました。

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