NHK「若冲 天才絵師の謎に迫る」を見て

4月25日NHKスペシャル「若冲天才絵師の謎に迫る」を見た。

“私の絵は千年後に理解される”という謎の言葉を残した江戸時代の天才絵師・伊藤若冲。生命の世界を極彩色と精密な筆致で描き「神の手を持つ男」と呼ばれた。顔料の数も限られ照明もない江戸時代に、圧倒的に鮮やかな絵を描けたのはなぜか?神秘のベールに包まれてきた天才の技に最新鋭の科学で迫る。明らかになった絵に隠された“魔術のようなテクニック”とは。完全非公開の秘蔵作など貴重な映像と共に天才絵師の謎に迫る。

若冲は好みですが「鳥獣花木図」がややこしい話だとはつゆ知らずに(あの絵にはあまり興味がなく。。)見ていたが、途中からなんだか嘘くさい。。と和尚を相手にTVに向かってわめいていた。目に見えないほどの細密描写の羽の線、それはいいのだが、小鳥(雀?)胸の羽の下塗りに使われたと思われる赤みの顔料の説明では顔料つぶを一粒ずつ顕微鏡でもなければ見えないほどの細い繊維の交差点に埋め込んだかのような解説はちょっと。。“私の絵は千年後に理解される”と言っているし『若冲って宇宙人?』とかうっかり考えてしまった。若冲は素晴らしいよ、でもそういうことじゃない。

明らかになった絵に隠された“魔術のようなテクニック”について、ちょっと染織に関わっているものとして考えたことを書いてみよう。

顔料を微粒子にして絹布にたらし込み乾いたところで浮いている粒子を刷毛で取り除けば繊維の隙間だけに粒子が残る。紅葉の葉を裏表から異なる色を塗り色に奥行きを出すことも、染物の世界では両面染と言いよく行われている。マス目の絵を見たときは、ああこれは西陣の紋意匠図からヒントを得たのだろうと思ったし、極細の経糸と緯糸の交わり異素材の質感と光と色とが複雑に絡み合う織物の視覚的効果も京都のボンボンならば最高級品に囲まれていただろうと想像できる。プルシアンブルーについてもどんなに高価でも手に入れることができた身分だっただろう。きらびやかな金の襖絵の裏に書かれていた枯れた蓮の水墨画についても、解説者の辻惟雄?という方は、社寺に奉納するものにこんな絵は普通書かないとおっしゃっていたけれど若冲という名が禅の高僧から受けた居士号(在家の仏教信者)でありその意味は「大いに充実しているものは、空っぽのようにみえる」ということからも何も不思議なことではないと感じる。番組を見ていて一貫して感じたことは、当たり前に若冲の身の回りにあっただろう事実を全く無視して何もないところから生まれた奇跡の超人のようにあまりにも祭り上げるので違和感を覚えた。あ、それから、西洋絵画の人々の解説もやけに上から目線で変てこな感じがした。

プルシアンブルーのこと追記*佐賀鍋島蓮池支藩の藩医の三男として生まれた煎茶の祖である高遊外売茶翁(”日本初の喫茶店”ともいわれる「通仙亭」という茶店を構え 自ら茶道具を担ぎ、禅をときながらお茶を売っていた)(1675-1763)と親交があったなら磁器の絵付けに入った珍しい顔料情報も早かったでしょう。

番組を見た後、佐藤康宏氏のFacebookでの記事を読み、もやもやした想いをそのままFacebookに書いたものです。

 

相国寺承天閣美術館でこれを見たのは20年ほど前だったことを思い出した

jaku_budoshokinzu