生きていくために


お盆前に山の中から取って来たと云う繭をもらう。まだ中でさなぎが動いていたのでコーヒーの木(たまたま有った)にくくり付けておき孵らないかと待っているがどうも出てこない様子。もう待ってもだめなのかなぁ。

地蔵盆が24日に終わって、8月1日から始まったお盆がやっと済み、私の夏休みが始まったけど、8月の半ばに体調を崩した老師が入院して半月たつ。2つの寺を面倒見ているためどうにも手がかけられない。やむなく取り急ぎ近くの病院に入院となったが、持病の前立腺肥大を見れる泌尿器科が無い病院でできれば代わった方が良いと熱心に説得したが聞き入れてはくれない。誰に相談しても、実の娘が側にいるのだからそれ以上私の出番は無いのだと言い聞かされる。高齢でもあるし再検査や遠くの病院へ行く事への、気持ちの負担の方が大きいということだってあると。そうはいっても、熱の原因が未だに分からないと云う事が納得できないので、担当医に今までの経過と今後の方針を説明してくれと頼み兄妹に聞きに行かせた。(わたし?私はお呼びでないようだったので遠慮した。)どうだったのかときくと、「その時期が来たら泌尿器科の有る病院へ紹介します。」その時期っていったいどんな時期だろう。。母の目の時、足の手術、私のやけど。医師を信じて、3度も痛い目をしている病院がどうしても信用できないでいる。

看護婦の友人に相談すると、こんな返事が返って来た。
H病院から鳥取のC病院へは今までもよく送られて来ているが、今C病院では救急や、そこでしかできない手術などの治療以外の治療をしなくなっている。95歳と云う高齢では専門医に見せたところで万が一痛みと熱が癌のせいと解ったとしても手術などの治療を行う事は無いと思われるし、検査をしても結局通常の体力回復の治療だけになるとC病院で治療する事は無く、地元の病院に送り返されると云う事になると思われる。むしろ再検査と云うのは高齢だとその方がかなり負担になる事も有る。実の娘が帰って来て看病すると云うのだから、もう何も言わない方がいいよと。。。もう病院も選べない時代になったんだね。

ついこの間まで毎晩一時間座禅を組んでいた父の腹筋は驚くほど強く、仰向けのベッドから片手の支えだけですくっと起き上がり、じゃあまたねと云う私に向かって両手を合わせる。たくさんは食べないけどちゃんと食べられる。入れ歯を治したいが微熱がやまないので歯医者に行けずおかゆばかりの食事にちょっと不満だ。家なら何かとうろうろもできる。病院でのベットでの暮らしが続けば確実に運動機能が弱くなっていく。そんな姿を見ていると、なるべく早く家に帰れるようにならないかと思う。そのためにもせめて専門医のいる病院にと云う思いは、どうしても私の気持ちの中から消えない。