ローザンヌの革靴のおじさん

ふと思い立って,にわかに決めたジュネーブ行きの列車の中。2等と1等を間違えないように乗り込みます。こちらでは皆とても礼儀正しくて、空いている席に座る時でも向かい側に人がいれば必ず声をかけてから座り、別れる時も必ず挨拶をして降ります。(当たり前の事なのだろうけど)スイスに来て一番感動したのはこのことでした。席を選びながら通路を歩いていてふと目があった年配の女性も、はにかみながら会釈をしてくれます。

私はちょっとでかい無愛想なおじさんの前に座りました。すわってから、ちょっと失敗したかな。。と思ったのは、パイプをくわえたおじさんが、ときどきぶつぶつとかもごもご言いながら,鼻歌を歌い出したからです。。。変な外国人の私はちょっとビビって、そう、でもビビりながらカメラを窓の外に向けて,珍しい風景を何枚も撮っています。(声をかけられたらどうしましょ。。。)静かな車内にふと、誰かの携帯のけたたましく滑稽な音楽が鳴り響きます。ふとおじさんと目が合って微笑みます。おじさんは私とカメラをちらちら見て何か言いたげな様子でしたが、言葉が通じない事が解るので何も言わず。わたしも何も言えず、おじさんがパイプに火を付ける様子や、マイナスの気温の中,素足に皮の短靴だった事が気になって時々ちらちらみていました。だってその靴は先の方が少しほつれていたのですから。素足なのに。

よく似た景色が続いて、写真にもそろそろ飽きて、地球の歩き方の本を広げ駅名を確認していると、おじさんが覗き込みこの辺である事をフランス語で(多分)指差しながら教えてくれました。しばらくしておじさんは、地図に見入っている私に写真を撮るような手真似をするので、窓の外を見ましたらそれはそれは美しい風景が広がっています。「レマン湖、レマン湖」と、おじさんは難度も低い声で私に言いました。そしておじさんの手の動きは、どうもシャッターチャンスを教えてくれているようでした。「此処はだめだ、もうじきいい場所だよ、さあ撮るんだ!」ってなぐあいに。私はおじさんの目と手と窓の外を交互に見ながらたくさんシャッターを押していました。言葉が通じなかったのに、不思議と会話をしていたかのようにその時のことを思い出します。

 

レマン湖の湖畔に広がるローザンヌの街は美しい街でした。おじさんはこのローザンヌで降りてゆきました。アデュと言ったのかチャオっといったのか、覚えてないけれど。私はおじさんの姿がホームから消えるまで見つめていました。