東郷湖の夕日~無意識の意識


週2日、東郷湖を通って研究室に向かう。6日の夕方はちょうどこんな景色に遭遇した。車を湖岸に寄せてカメラを探すも、こんな日に限って携帯しか無い。右手に携帯を持ち草むらにしゃがみ込む。とても怪しい姿だ。写真を撮り終えて車に戻ると、正面の家からおじさんがカメラを持って出て来た。やはり同じ場所で構える。これからの季節、日本海の海岸線にも、あちこちで夕日を取るアマチュアカメラマンがにわかに増える。夕日は人に何を与えるのだろう。

織の方は、なかなか思う様に進まない。久々に自分の不器用さに閉口している。
幼稚園の工作の時間、ハサミを持つ手は緊張のあまり、台紙用に置いておくべき画用紙も一緒にこまかく切ってしまった。小学校で、たたみ職人のおじいさんの絵を書いたのだが、画用紙の半分が大仏の頭のような「黒丸点々」で埋め尽くされた。ソフトボールを投げようと、意識すればするほどボールは手から離れず地面に叩き付けられる。社会に出て初めての仕事は友禅の糸目のトレース。見れば見るほど線はビビるしズレて行く。。。。とまあ、きりがないほど色々なコトを思い出す、こういう事って忘れてない、しっかり覚えているのだわ。

こんな時は「そのコト」からすっかり離れるのが良い。目を細めてしっかり見てないくらいの方がトレースは巧く出来たものだ。ちょっと離れてふっと無意識に始めるその時が一番出来が良かったりする。「無意識の意識」と云うのだろうか。不器用な手も、100回のめり込んで100回解き放つ。100回でだめなら1000回。きっとそういう境地に達する事が出来ると思っている。今「染」「織」から心を放し、、ている。

こんな時は。。。。

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